読書案内 「素の時間」をめぐって
三脇康生編『臨床の時間 素の時間と臨床』

読書案内 「素の時間」をめぐって
三脇康生編『臨床の時間 素の時間と臨床』ナカニシヤ出版、2021年

本書は、夭折の精神科医、樽味伸氏が提唱した「素の時間」をテーマに、三脇康生氏ら精神科医が、臨床の時間を多面的に取り上げている。
三脇氏はガタリやウリ、ルカルパンティエといったフランス現代思想に通じた方で、弊社との温かな交流が続いている。「シナプスの笑い」では、「疎外とは何か?」(33号、座談会)、「ラ・ボルド病院の制度を使う精神療法」(40号、特集)に文章を寄せてくださった。座談会では、難解な概念を分かりやすく解説していただき、「E系列の時間」を共有した。
本書は、マクタガード・野村のA〜E系列の時間の説明から始まる。A系列は個人が感じる時間、B系列は時計に示される客観的な時間、C系列は時間を生み出す事物や出来事の時間、E系列は、他者と通じ合う素敵な時間のことだ。
樽味氏はE系列の時間を臨床の現場で「素の時間」と定義した。
「素の時間」の対義語は「具の時間」。臨床で「具」とは、医師—患者という役割を自覚し、症状にいかに対処しましょうかとか、今後の治療計画などを語り合っている「具(内容)がつまった」時間のこと。「素の時間」とは、症状から外れ、お互いの役割を忘れたところでお互いが通じ合う一瞬の儚い時間、だ。
「素の時間」で真っ先に思いつくのはタバコの時間だ。お互いの関係を忘れ、相手の症状や支援計画のことも忘れ、煙を吸いそして吐く行為を共有する時間。
深刻な悩みを一通り聞いた後に笑い合う時間。「すいません。悩みが多くて」と患者。「ほんとだねえ。スイス銀行が預かってくれるといいね」と私。「定期だからしっかりたまりますのにねえ」と患者。微笑。そして穏やかに流れる沈黙。
精神科病院に看護助手として勤務していたとき、よく長期入院患者の爪を切った。「いてっ」と普段話さない男性患者の声。「すみません」と私。その後、微笑みを浮かべた男性と過ごした親密な時間。
PSWとして勤務したときは、SSTで外出に出かけた。SSTには長期入院患者向けに「余暇活動モジュール」という学習パッケージがある。外出先の調べ方、バスの乗り方降り方、店での注文の仕方、緊急時の連絡の取り方などを練習して、実際に外出する。その日は、「バスで移動し、ハンバーガー店で注文し食事する」だった。今思い起こせば、バス移動、店での注文の時間は「具の時間」だった。みんな緊張しながらも練習の成果を発揮した。その中のリーダー格の男性は、ハンバーガーを一口食べると、急に泣き出した。「こんなにうまいものはじめて食べた」と。泣く彼の横で私もハンバーガーを食べた。黙って一緒に。忘れられない時間だ。

本書では、松尾正氏の「非対称化的無関心的沈黙」、井筒俊彦氏の現実的水準、物語的水準、創像的水準、あるいは、エビデンス(実証)とナラティブ(語り)、モダンとポストモダンを対比させながら、その時間を捉えようとする。実際に精神科の現場を経験した人なら、「わかる、あの時間だ」と思い出す時間だ。
しかし、その時間を定義するのは難しい。読みながら「なるほどこんな言葉で定義するんだなあ」と納得しつつ、スリリングな展開にいつしか巻き込まれていった。
治療の役には立っていないかもしれないけれど、今の自分を底から支えてくれる時間について考察したい人におすすめしたい。(川畑)

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