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第8回 「人の役に立ちたい」
挿絵

雑誌「シナプスの笑い」創刊号を出した2006年当時、ラグーナ出版の母体であるNPO法人「精神をつなぐ・ラグーナ」の活動は、その制作・販売や、月に1回、日曜日に行う「おしゃべり会」でした。

会は参加自由。平均20人ほどの精神障がいのある方々や家族が集まり、話し合った内容をテープ起こしして、雑誌に掲載しました。最初は「退院の仕方」「回復」など精神科病院での入院生活がテーマでしたが、回を重ねるうちに、「幸せって?」「生きる力、生かされる力」など、人生や生活に密着した内容に変わっていきました。病院とは違う場所で話し合うことは参加者にとって新鮮で、誰もが何かから解き放たれたように、生き生きと発言します。

2007年。地域生活支援に熱心な勤務先の病院理事が株式会社をつくって始めた就労継続支援A型事業所「ア・ライズ」の出版部で、雑誌の制作・販売を仕事として行うことになりました。NPO法人のメンバーは、その社員として働くことになったのです。

「シナプスの笑い」5号に掲載した特集「働くこと」は、仕事をしていない7人のメンバーと、ア・ライズで働くことになった8人の「おしゃべり会」の記録です。読み返すと、働き始めた社員の初々しい気持ちが詰まっています。

現在も営業部で働いている白鳩さん(仮名)は、10年近く家に引きこもっていました。「病気ではない」と否定していた彼ですが、無気力や自殺願望、幻聴などによる生きづらさを理解する過程で病気を受容し、デイケアで私と知り合いました。彼は、パソコンの技能が高く、人当たりが良く、仕事に誘うと「ぜひ働かせてください」と目を輝かせました。

会で、彼は顔を紅潮させて語りました。「働くことは、人とのつながりをつくることで、今までは、生きるだけで精いっぱいでした」「病気を受け入れて働くことで、親や自分の大切な人、周囲への感謝と責任感が生まれました。いろいろな人に支えられていることにも気づきました」「長い間、迷惑を掛けていた分、お金を得て、恩を少しずつでも返していくのが今の目標です」

ほかにも、仕事の上での挫折や希望が語られ、拍手が自然に湧き上がります。

特に印象に残ったのは、生活相談員としてスタッフになった統合失調症のある男性(65)の言葉です。彼は、薬の服用を中断して9回入退院を繰り返しました。中断の理由は、薬を飲むとき病気を再確認し、薬に頼る自分を情けなく感じたからだそうです。再発が度重なるうちに仕事ができなくなり、「家で好きなことをしても楽しくなくてボランティアを始めました」と語りました。「今でも覚えているいい仕事は、目が見えない方の送迎です。人の役に立てるっていいなあと感じました」

この話を皮切りに「人の役に立ちたい」という話が次々に出て、みんなの熱い気持ちに圧倒されました。病院を出て社会の中に仕事をつくる、その夢をかなえたいと感じました。

こうして、私は病院を退職し2008年、株式会社ラグーナ出版の設立を決意。編集長の竜人さんに、それを話したのです。「ちょっと待ってください」と時間を置き、彼は答えました。「幻聴がうまくいくと言っています」

肩がふっと軽くなりました。

鹿児島市、ラグーナ出版社長 川畑善博


夢とつながりのなかでは本でも読めます