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第7回 社会をきれいな海に
挿絵

「誰でも自分しか書けないものを持っている。それを発掘するのがこの雑誌の目的である。ミステリアスな文の集団。この集団はなんなのだ」

竜人さんの序文を添えて2006年3月、精神障がい体験者がつくる雑誌「シナプスの笑い」を創刊しました。任意団体「精神をつなぐ・ラグーナ」を組織。「干潟」を意味するイタリア語に、潮が引けば一つの陸地になるような一体感や、一見不毛なようでも海の浄化という大切な役割を担っているという思いを込めました。その組織は今、ラグーナ出版につながっています。

この年、障害者自立支援法が施行され、身体、知的、精神障がいが一体となった福祉施策がスタート。同法には「障がい者がもっと働ける社会に」ということを目指した就労事業が組み込まれており、勤務先の精神科病院では、地域生活支援に熱心な理事が、クリーニング、総菜づくりなど就労機会を提供する就労継続支援A型事業を開始。就労という言葉を身近に感じるようになりました。

雑誌が出来上がった喜びの中、どきどきしながら書店への営業に向かいました。私は、10年間精神科病院の内側から患者さんを見てきましたが、社会が患者さんをどう見ているのか、書店が精神科病院の患者さんが書いた本を受け入れてくれるのか不安でした。そして、自分も病院の中にどっぷりとつかり、経済システムの中で動く一般社会が怖くなっているのに気づいたのです。社会が怖い人間が、社会に出ていこうとする患者さんを支援することはできないと考え、勇気を持って「外へ」行こうと決意しました。それは患者さんのためでなく自分のためでもあったように思います。

書店で雑誌を差し出しながら、何を説明したのか覚えていません。しかし、訪問した書店はどこも好意的で驚きました。精神障がいの有無に関係なく、本が売れるかどうかで判断してくれます。偏見のない応対に感動を覚え、「精神障がいだから大丈夫だろうか」という医療関係者としての内なる偏見に気づき、恥ずかしさを覚えました。

ある書店の店長は、「シナプスの笑い」コーナーを作り、温かい言葉をかけて下さいました。「全国流通する短期間で消費される本ではなく、長い時間をかけてじわじわ売れる思いのつまった本を応援したい。本ができたら30冊ずつ持ってきなさい」 「ラグーナはよい名前だね。社会がきれいな海になるように応援しますよ」

その店長から「売り切れたので、また持ってきて」と電話をもらったときは、思わず涙がこぼれました。

この体験を通して、私のみならず一緒に行動した患者さんも勇気をもらい、自信がつきました。そして、人に必要なことは、社会とつながったという感覚であり、人に教えられ、認められ、励まされて、人は「回復」していくのだと教えられました。「社会とのつながりの中で回復した」体験が現在のラグーナ出版の原点になっているのです。

鹿児島市、ラグーナ出版社長 川畑善博


夢とつながりのなかでは本でも読めます