HOME > 西日本新聞コラム > 第13回 一本の電話で通じた心
第13回 一本の電話で通じた心

わが社の事務部で働く女性社員、ひまわりさん(仮名)は、自分と同じように精神障がいのある就労希望の電話を取るたびに、「みんな仕事がなくて苦しんでいるのに、私だけ仕事していて、すまないと思います」と語ります。わが社は希望者が多く、断る状況が続いていました。

彼女は入社2年半で、フルタイム勤務できる体力がつきました。仕事は丁寧で、日常業務を安心して任せられます。そんな彼女が「すまない」と言うのです。

統合失調症の人の多くは、幻覚や妄想といった他人には理解できない孤立した世界を抱えながら生活しています。その苦しみを人に強く訴えることもなく、時に自分を責めながら、ひっそりと生きています。まるで聖人のようで、思わず崇高の念を抱かされます。自分のことはさておき、他人を第一に考える彼女の言葉にも、それを感じました。

「健常」と呼ばれる社会に適応するために、私たちは、なぜこうまであくせく競争し、取り残されないように頑張って生きなければならないのか、とも考えさせられます。

挿絵

ある日、ひまわりさんが電話口で「ありがとうございます。お待ちしております」と深く頭を下げていました。電話を切ると、上気した顔でやってきて、法政大学大学院の坂本光司教授(経営学)とゼミ生33名の視察の申し込みを報告してくれました。いきさつを聞くと、障がい者雇用についての教授の記事に感動して彼女が出した手紙が目に留まり、本人から電話が来たのだそうです。

そして、「坂本教授は全国6500以上の会社を視察されており、ゼミ生はほとんどが経営者の方々。社長に経営の話をしてほしいとのことでした」と続けました。私は、椅子から転げ落ちそうになりました。目の前のことで精一杯だったので、経営を体系的に学んだことはありませんでしたし、設立から3年の若輩者が、多くの経営者を前に、何を伝えていいのか分からなかったからです。

視察の日、遠くからスーツ姿の、いかにも経営者風の一団が見えたとき、頭がくらっとしました。結局、坂本教授とは、何のあいさつや打ち合わせもしないまま。ばつの悪さと、どう振る舞っていいのか分からない緊張とで、33人が100人ほどに見えたのです。

長身の男性が、私と隣にいた、ひまわりさんに頭を下げて言いました。「坂本です。あなたの手紙を読んで感動し、すぐ訪問したいと思ったのに、遅くなってすみません。私は多くの会社を視察しました。だいたい電話一本で会社の様子が分かりますが、あなたの電話応対は手紙同様すばらしかった。ありがとう」

ひまわりさんと、坂本教授は目頭をうるませ、私まで熱いものが込み上げてきました。電話が苦手だったひまわりさんは、それを克服しようと、積極的に電話に出る努力を重ねていました。毎日少しずつの努力が、気づいたときには大きな変化を生んでいたのです。社員がほめられ、私は無上の喜びを感じました。そして、こうした体験を通して、私も責任を再確認させられ、「経営者」として育てられている気がしたのです。

鹿児島市、ラグーナ出版社長 川畑善博


夢とつながりのなかでは本でも読めます