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第12回 勇気をくれた言葉たち

精神科医療福祉と出版に共通しているのは、言葉の大切さです。

私はこれまで、病気から順調に回復していたのに、医療関係者やご家族の何げない一言によって、すべてが台無しになった事例を見てきました。また、ご家族から、精神障がいのお子さんにどんな言葉を掛ければいいのか、といった相談をよく受けます。出版では読者から「表現が不適切」という予想もしないご指摘を受けて、1千部の本に訂正シールを貼り、謝罪文を書いた経験があります。大切なのは、どちらも「こちらが言葉にどのような意味を込めるか」ではなく、「相手が言葉をどのように受け取るか」と考えることだと思います。

勇気をくれた言葉たち写真昨年7月、「勇気をくれた言葉たち」を刊行しました。この本には、統合失調症の方、頭の中が混乱していて体を動かせないうつ病の方など、52人の精神障がい体験者からいただいた72の「救われた言葉」「励まされた言葉」とその説明を掲載しています。

言葉の選考と編集は、精神障がいのある社員5人とともに行いました。編集作業中、日本を根底から揺るがした東日本大震災が起こり、編集に携わっていた社員の1人、竜人さん(仮名)は仕事を2週間休みました。福島出身である彼は、「自分が震災を起こしたのではないか」という観念に苦しめられたのです。「テレビや新聞の報道が自分のことを言っている気がした」。そう彼が感じた背景には、発症時の幻覚がありました。

本人の言葉によると、次のような体験でした。「それは忘れられない一日だった。私はその時、アイデンティティー、誇り、家風、仕事を全て失った。今でも私は覚えている。自分を否定する声やごう音が起こり、部屋がわずかに揺れたことを。全てを否定する何かが私に起こったことを…」

精神科医療の専門用語では、統合失調症の発症時にある「ただごとではない」「何か大変なことが起こりそう」という不気味な気分のことを「世界没落体験」といいます。竜人さんは、震災で自らの体験を思い出し、苦しんでいたのです。

被災された方々に対するのと同様、竜人さんのように追い込まれた状況の方に、どんな言葉を掛ければいいのか迷います。そして、「1人じゃないよ」「応援しています」「あせらず、ゆっくり療養してください」といった平凡な言葉しか見つからない自分を発見するのです。

掲載者の1人で、わが社の事務部で働く女性、ひまわりさん(仮名)は、職場で発症し、私が勤務していた精神科病院に入院しました。職場を休職し、この先どうしようという不安のなかで生きることをつらく感じながら入院生活を送っていたといいます。1週間に1回着替えを持ってくる母親の面会が唯一の希望。お母さんの「せっかくここまで大きくなったのだから、家族3人で生きていこう」という言葉に救われたと書いています。

「勇気をくれる言葉」を掛けてくれたのはご家族というケースが大多数。同じ言葉でもご家族の言葉は響きが違います。言葉の意味だけではなく、信頼関係や、一緒に生きていく覚悟が、その背景にあるからです。それが、普通ならば、さらりと通り過ぎてしまう言葉を新たな光のもとに浮かび上がらせ、人を励まし、勇気を与えてくれる。私にはそう思えるのです。

鹿児島市、ラグーナ出版社長 川畑善博


夢とつながりのなかでは本でも読めます