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第10回 息子からの「定期便」

精神障がいのある、のせさんが面接に来たのは3年前の夏でした。飄々(ひょうひょう)としているというのが初対面の印象。よく笑うかと思えば、真剣な表情で「自分のことが新聞で話題なっていない?」と尋ねます。「そんなことはないと思うよ」と答えると、「だよね」と大爆笑。わが社のムードメーカー的な存在です。

彼のお父さんが新聞記者と知ったのは、ずいぶん後のことでした。お父さんは昨年、定年退職。経験を生かして、ボランティアでまち案内をしています。

先日、雑誌「シナプスの笑い」に掲載する座談会「障がい者と街」に参加していただいたとき、「身体障がいに対するまちづくりは整備されつつあるが、精神障がいに対する備えはないのでは」と提起されていました。ユーモアにあふれ飄々とした姿は息子さんに似ています。ただ、私は、その表情や口調のなかに、多くのご家族と共通した影を感じました。

「幸せな家庭は似ているが、不幸な家庭にはそれぞれの不幸な形がある」とはトルストイの言葉。不幸を不幸のままにしないために取り組んでいらっしゃったご家族の葛藤や挑戦が影となって、その方々に奥行きと深みを与えるのです。

父親の気持ちを書いていただくようにお願いすると、その日のうちに返事をいただきました。家族の思いに触れる度に責任の重さを再確認させられ、励まされます。以下、引用します。

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毎日きまって午前11時過ぎに、妻の携帯電話が鳴る。35歳になる息子からの「定期便」だ。息子は、平日の午前中2時間仕事をしている。「定期便」は、仕事が終わったことを知らせる電話である。健常な普通の男なら、挿絵こんな電話を毎日母親にするはずがない。しかも、2時間の仕事をやり遂げたくらいで。男親としては、こんな息子が少々情けなくもあるが、母親は違う。「2時間できたの? よかったね」と毎日優しく返している。男親と女親は違うんだなと思いながら、こんな妻の心情も分からないではない。

二十歳ごろに発病して入退院を繰り返した息子が、こんな日々を送れるようになるとは考えられなかった。息子の状態が悪い時期は、妻も心身の不調を訴えた。重苦しい息子の表情やしぐさを見ていると、自分も心がふさいだ。これから息子はどんな人生をたどるんだろうと考えると、夫婦ともに気がめいった。こんな息子も地道な治療やいろんな方々の支えもあり、だんだん病状が落ち着いた。最後の退院を機に、アパートを借りて1人暮らしを始めさせた。先々のことを思うと、身の回りのことは1人でできないと、と考えた。親と少し距離をおく方が、息子だけでなく両親にとっても良い結果を生むのでは、と考えた。波はありながらも病気が再発することもなく1人で頑張っている。

調子が良くなるにつれて、障がい者向けの単純作業の仕事に不満も生まれてきたようだ。そんなとき、ラグーナ出版の存在を知り、幸いにも雇っていただいた。息子はもともと、本を読んだり文を書いたりするのが好きで、できればそんな世界で仕事をしたいと考えていたに違いない。両親も、できればそんな仕事があればと願っていた。息子にとって、よかったのは、日々の仕事の内容はともかく、知的な営みが会社の目指すところとなっている点ではないだろうか。障がい者といってもさまざまだ。もっともっといろんな仕事が用意されていい。

鹿児島市、ラグーナ出版社長 川畑善博


夢とつながりのなかでは本でも読めます