薩摩藩の参覲交替 ―江戸まで何日かかったか―

薩摩藩の参覲交替 ―江戸まで何日かかったか―

四六判(128×188ミリ)
114頁
定価  (本体1800円+税)
ISBN 978-4-904380-78-9 C3021
2019年11月16日発行

「薩摩藩の参覲交替 ―江戸まで何日かかったか―」
定価  (本体1800円+税)
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道程を通して語る薩摩藩の参覲交替

江戸の政治・経済・文化の発展を促した、参覲交替の実態に迫る!

江戸から最も遠い場所に合った薩摩藩の参覲交替。大名たちの過酷な苦労をしのび、元日本史教師の筆者が熱い思いと莫大な時間をかけ、一つ一つその足跡をひもとく。1605(慶長10)年から1864(元治1)年までの、非参覲交替を含む331回の記録をたどった、郷土藩史研究の基本史料。

著 者

上野  堯史(うえの  たかふみ)

1942年生まれ。鹿児島県立甲南高等学校、熊本大学法文学部史学科国史学専攻卒業。
1965年県立川辺高等学校教諭となり、以後鹿屋・甲陵・大島・国分の各高等学校を経て、1992年県立武岡台養護学校、1998年県立鹿児島聾学校教諭を務める。
2002年に退職後、2003年10月~2004年3月鹿児島高専非常勤講師。
主な著書に「鹿児島士人名抄録」(高城書房、2005年)、「薩軍城山帰還路調査」(共著、薩軍城山帰還路調査会編、南方新社、2010年)など。

まえがき(本文より)

江戸幕府による参覲交替制度の成立は、1635(寛永12)年の「武家諸法度」によるとされる。私は、以前から参覲交替制度に興味を持っていたが、制度に伴う礼式などの実相を研究する意図はなく、主に興味があったのは「薩摩藩は江戸まで何日かかったか」であった。参覲交替の成立に関する研究は数多くあるが、日数に着目した研究は一つもなく、私はぜひその研究に取り組みたいと考えた。
  私が研究資料として主に用いたのは、鹿児島県史料「旧記雑録」である。その中の記録は、単に出発・到着の事実のみを記しただけのものもあり、全ての記録が旅程期間の日付、宿泊地等を正確に記してあるわけではない。本書中で参覲実例として挙げざるを得なかったのが、19世紀幕末の島津斉彬の参覲の旅であったのはいささか残念である。17・18世紀に、より詳細な記録があったらよかったのだが。
  もっとも最初の研究課題は日数計算ではなく、まず「参覲交替とは何か」「それは何年に始まったのか」を特定することであった。特に、何をもって参覲交替の成立とするのかを考究した。一般的には、「江戸と一年交替に往復する、妻子を常住させる」とするが、それは同時に始まってはいないし、参覲交替に伴う礼式も段階的に整えられたようである。
  ところで、本書では「参勤交代」ではなく、「参覲交替」と表記してある。大名が江戸に赴くのは、記録に「述職」とあるように、将軍に謁見して自分が任命された藩の実情を報告するためである。江戸に着いた大名は、直ちに到着した旨を報告する。これを受けて、幕府は老中を藩邸に派遣し慰労する。後日登城の命が下る。そして大名が将軍に謁見する。このような礼式の意味も込めて、私は「参勤交代」ではなく「参覲交替」とした。
  本書は、私が2007(平成19)年に作成した「薩摩藩の参覲交替」を改訂したものである。本書が今後の諸研究の一助となれば幸いである。

目 次

まえがき

1.参覲交替全記録(含む非参覲交替記録)
2.参覲交替の成立
3.参覲交替の経路
  3.1 海上路
  3.2 陸路
4.経路の利用実態
  4.1 西海路の経路
  4.2 日向路の経路
  4.3 九州路の経路
5.参覲交替の規則
  5.1 参覲交替の時期について
  5.2 参覲交替の時期の変更
  5.3 上米制度による参覲交替の時期の変更
  5.4 参覲交替の供揃え
  5.5 参覲交替の礼式
  5.6 参覲交替は3代でする
6.参覲交替にかかった日数
  6.1 参覲全表
  6.2 下国全表
  6.3 参覲・下国両表のまとめ
    6.3.1 参覲
    6.3.2 下国
  6.4 参覲交替の免除の場合
  6.5 参覲交替の終わり
7.参覲の実例(島津斉彬)
8.藩士の往還
9.宿駅の利用状況
10.まとめ
  10.1 参覲交替について分かったこと
  10.2 未解決の課題
  10.3 まとめの最後に
附録資料
歴代薩摩藩主の記録
時刻と方角
東海道五十三次里程表
あとがき

「薩摩藩の参覲交替 ―江戸まで何日かかったか―」
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